ビジョン株式会社会長 佐野健一氏に聞く、M&A成功の秘訣は「足し算ではなく、掛け算」

M&Aは企業の成長戦略として注目されていますが、その実態はなかなか表に出てきません。今回は、グローバルWi-Fi事業などで知られるビジョン株式会社の佐野健一会長に、創業から現在に至るまでのM&Aの歴史や哲学、そして今後の展望についてお話を伺っているJapanstockchannelのコンテンツをご紹介します。

会社を売却するという選択肢はない

上場から間もなく10年を迎えるビジョン社は、売上高、営業利益ともに順調な成長を続けています。佐野会長に「会社を売ろうと思ったことはありますか?」と尋ねると、「売ろうと思ったことは一度もない」と即答。過去には株式公開を打診されたこともあったそうですが、会社がまだ完成しておらず、自身がいなくても成長できる状況になるまでは、ビジョンを生み出した責任として、育っていく過程を見届けたいという強い思いがあるといいます。会長としては、権限としての影響力は徐々にボードメンバーに委譲し、彼らが主体となって会社を大きくしていくことを期待しており、「応援団長」としてサポートしていく考えです。

戦略的なM&Aの変遷

ビジョン社のM&Aの歴史は、創業初期のショップ事業の売却から始まります。あるきっかけで主力の携帯販売が難しくなったため、事業ごと切り出す判断をしました。コンシューマー向けのビジネスは自身の肌に合わないと感じたこともあり、上場3年ほど前にはBフレッツ系のコンシューマー事業も売却し、BtoB事業への集中を図るための資金としました。

上場後は、事業シナジーを重視したM&Aが増えます。内装や現状回復といった事業は、獲得コストを抑えつつユーザーに安価に提供するというビジョン社のビジネスモデルと親和性が高く、クロスセルによるシナジーを追求するために買収しました。また、コピー機やセキュリティ商品などを扱う販売店の買収も積極的に行っています。これは、ゴリゴリの営業会社ではなくなったビジョン社に、かつての営業文化を取り戻したいという思いや、多様な販売チャネルを確保したいという戦略に基づいています。同業者からの売却相談も歓迎しており、業界の再編が進む中で、ビジョン社がその受け皿となることにも意欲を示しています。

最近では、グランピング事業やスペースシェア、SNS運用など、情報通信領域以外へのM&Aも行っています。新しい業種への進出は、フィットする部分とそうでない部分があるため、軌道に乗るまでには大変さも伴いますが、フィットした際の成長力には期待を寄せています。

失敗から学ぶM&Aの教訓

数多くのM&Aを行ってきた中で、失敗談についても伺いました。会社全体ではなく、部門やサービスのみを買収するケースで、投資額は小さくても、担当者が明確でなかったり、買収後の責任体制が曖昧だったりすると、事業が立ち上がらずに終わってしまうことがあるといいます。また、買収時に描いたビジョンと、時間経過とともに変化するユーザーニーズとの間にずれが生じ、アップデートが追いつかずに事業が終了してしまうこともあったそうです。

しかし、ビジョン社には強みがあります。それは、長年培ってきた強固な顧客基盤です。既存顧客へのクロスセルを目的としたM&Aは成功確率が非常に高く、ユーザーとの強いグリップがあるからこそ、「ビジョン社が提供するなら欲しい」と思ってもらえる可能性が高いのです。この顧客基盤をさらに強化するためにM&Aを活用していく考えです。

「足し算」ではなく「掛け算」を目指すM&A

M&Aにおいては、「足し算」ではなく「掛け算」になるかを重視しています。事業を最大限に伸ばすためにはどうすべきか、残ってもらった方が伸びるのか、そうでないのかを判断します。社長が引退したいケースでも、その下に優秀な人材がいれば、一緒に伸ばしていくことを目指します。重要なのは、事業を成長させるという大前提です。

新規事業とM&Aのバランスについては、市場再編の動きの中でM&A案件が増加しており、意識的にM&Aに注力しているといいます。特に最近は、高バリエーションで資金調達したものの出口が見えなくなっているベンチャー企業も多く、市場が「多く場(オークション)」に変わる可能性を感じています。

大M&A時代への展望

情報通信領域においては、横に商品ラインナップを増やしていく中で、M&Aが縦横無尽に入り込んでくる状況であり、今後も多くのM&Aのチャンスがあると考えています。国内だけでなく、グローバルな同業他社もターゲットに含め、事業をさらに良くするために必要な情報を集め、内部から生まれなければM&Aを活用していく方針です。

佐野会長のお話からは、単なる規模拡大ではなく、ビジョン社の企業文化や顧客基盤とのシナジーを深く考えた戦略的なM&Aの実態が垣間見えました。「情報通信は横に、M&Aは縦横無尽に」という言葉に、今後のビジョン社のダイナミックな成長戦略が凝縮されているようです。