スタートアップ成長の鍵、ガバナンス強化の担い手育成へ
近年、目覚ましい発展を遂げる日本のスタートアップエコシステム。その成長の陰で、ガバナンスや内部統制の課題に直面する企業も少なくありません。これまでの急成長フェーズから一段上がり、より持続可能な成長を目指す上で、企業の信頼性や透明性の確保が急務となっています。こうした現状に対し、スタートアップの監査役等が果たすべき役割の重要性が高まっています。そうした背景のもと、スタートアップの監査役等に特化した新しい組織「日本スタートアップ監査役等協会(JSASA)」が設立され、先日、設立シンポジウムが開催されました。
課題解決に向けたJSASAの船出
シンポジウムは、JSASA設立の意義と今後の活動への期待を共有する場となりました。まず、設立準備委員会を代表して理事長の江戸川大地氏が登壇しました。江戸川氏は、スタートアップにおける残念ながら後を絶たない不祥事やガバナンス起因の問題に触れ、「スタートアップ特有の論点が存在する」と指摘。また、スタートアップ経営者からは「監査役って何をするの?」「適切な人材が分からない」、監査役等からは「どこまでやればいいか不安」「監査調書をどう作成すれば良いか分からない」といった具体的な悩みが多く聞かれる現状を共有しました。
こうした課題に対し、JSASAは「スタートアップの企業価値向上に資する監査の追求」「監査役等の育成・スキル向上」「業務環境の整備・改善(報酬水準を含む)」「成長ステージに合わせた監査実務の醸成」「人材マッチング支援」といった多角的な活動を通じて応えていく決意を表明しました。特に、「事業活動に資する監査」という言葉に、形式にとどまらない実質的な貢献を目指す協会の姿勢がうかがえました。
各界からの期待:来賓が語るJSASAへのエール
続いて、各界を代表する来賓からの祝辞が述べられました。
独立行政法人中小企業基盤整備機構 創業・スタートアップ推進部長の石井良明氏は、政府がスタートアップ支援を強化してきた歴史を振り返り、スタートアップの経済効果(雇用創出52万人、GDP19兆円)を強調しました。その上で、エコシステムが一段上のステージに進むためには、監査役等が「大人の知恵」として加わり、ガバナンスレベルをグローバル水準に引き上げることが不可欠であると述べ、JSASAへの大きな期待を寄せました。
日本公認会計士協会 副会長の稲木成人氏は、公認会計士業界におけるスタートアップ支援・IPO支援の取り組みを紹介。監査役等を含めた「スリーラインディフェンス」における公認会計士の活躍の場が広がっているとし、JSASAの活動が若い人材の活躍の場を広げ、日本経済の活性化につながることへのエールを送りました。自身もスタートアップの監査役を務め、IPOを経験した立場から、協会の設立を歓迎しました。
衆議院議員の塩崎昭久氏は、自身の弁護士時代の経験からスタートアップの監査役という立場の難しさ(アップサイドは小さく、ダウンサイドは底なし)に触れつつ、リスクを顧みずスタートアップを支援する参加者の「ノブレス・オブリージュ」の精神に敬意を表しました。JSASAが人材発掘、スキルアップ、社会理解促進のためにネットワークを構築することの重要性を訴え、政策面からの全面的な応援を約束しました。
基調講演:東山和彦氏が示す監査役等の重要性

基調講演には、産業再生機構CEOや日本共創プラットフォーム会長などを歴任した東山和彦氏が登壇。「スタートアップガバナンスと監査役等への期待」と題し、多角的な視点からその重要性を説きました。
東山氏は、自身の企業再生やスタートアップ支援の経験を踏まえ、スタートアップは「生きるか死ぬか」の戦いであり、ビジネス、リーガル、監査といった様々な要素が混沌とする中で機能する人材が必要だと指摘。機関設計として第三者性を持ってガバナンスを担保しやすい監査役の役割は極めて重要であると述べました。
一方で、日本の伝統的な監査役が持つ強い権限が十分に活用されてこなかった歴史的背景にも触れつつ、海外における「CAE(Chief Audit Executive)」のような、CEOと同格レベルでリスク管理や監査の最終責任を担うプロフェッショナルの存在を引き合いに出し、日本の監査役等もそうした役割を目指すべきだという見解を示しました。スタートアップの成長に伴い、より「大人のお金(機関投資家など)」が流入するようになると、企業には高いレベルの透明性や健全な経営構造が求められるようになり、監査役等の役割は一層重要になると強調しました。
経験が価値を生むプロフェッショナルへ
東山氏は、AI技術の進化により多くの定型業務が代替される時代において、監査役等に求められるのは、情報の非対称性やスキルの非対称性が解消される中で最後に残る「経験の非対称性」に基づく判断力であると力説しました。困難な局面での意思決定の経験こそが、人材の価値を決定づけると述べ、若い世代が積極的にスタートアップの監査役等に挑戦し、経験を積み重ねることの重要性を訴えました。JSASAがそうした経験を共有・研鑽する場となることへの期待を表明し、日本の資本主義全体のアップデートに貢献してほしいと激励しました。
JSASAの具体的な取り組み:未来を担う人材育成と環境整備
基調講演後、江戸川氏よりJSASAの具体的な概要説明がありました。当面の目標として、「若い世代の監査役等参画者増」「事業活動に資する監査の実践知蓄積」「上場準備前の監査手法確立」の3点を挙げました。
具体的な活動内容としては、まず、ロールモデル紹介や実務事例を扱うセミナーを通じて、多様な視点からの学びの機会を提供します。特に9月には、取引所の担当者を招いた全体交流フォーラムを開催し、会員間の意見交換や課題共有の場を設ける予定です。また、これから監査役等を目指す人向けの基礎研修プログラム(全10回)を準備しており、年内リリースを目指すとのことです。さらに、会員からの提案を元に立ち上げる分科会活動を通じて、特定のテーマに関する深い議論や研究を推進します。